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コーるセンター事業からスタートした企業が、なぜ石鹸事業を立ち上げたのか?
そして、各事業にはどんな特色があるのか?皆様の「なぜ?」「どうして?」にお答えいたします。

History

※グラフの吹き出しをクリックすると解説が表示されます

コーカスの歩み History
  • すべての始まりは、
    アパトの一室から

  • 東京まで
    営業に行ったのに...

  • 社名を変えた
    意外な理由

  • 見失いかけていた、
    大切なこと

  • 首里石鹸事業、
    始動

  • 社屋移転、
    そして嵐の船出

  • 事業立ち上げ
    3年目で、
    黒字化達成!

  • しゅりそら保育園を
    開所した経緯

  • 黒字倒産の
    危機に直面

  • 海外進出を
    目指すも...

  • 記憶がないほど、
    必死だった1

  • 泣きながら
    頭を下げた決起会

  • 変革の第一歩

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2011年 緒方社長の心の動き
    すべての始まりは、アパートの一室から

    コーカスの前身である「ファーイーストコミューン」を4人で創業した当時は、本当にお金がなかった!初めて構えた事務所はレオパレスの一室だった。初めて受託した案件は、とある通販会社の沖縄コールセンター立ち上げコンサルのお仕事。この時、僕には創業メンバーに出せる給料がなかったので、クライアントにどうにか頼み込んでメンバー3人を社員として雇ってもらって…。常駐先の仕事を覚えるために、クライアントが所有しているマンションに4人で共同生活をしたのは今となってはいい思い出かもしれない。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2012年 緒方社長の心の動き
    東京まで営業に行ったのに…

    自社でコールセンターを立ち上げて、必死で営業周りをしていた時期。雨が降りしきる寒い冬のある日、なんとかアポイントが取れた東京の会社に行ったら予定をすっぽかされてしまって。コンビニの軒先で雨宿りしながら一緒に来てくれていたメンバー達と話している時に、思わず泣きそうになったのは忘れられない。今でも雨の日にコンビニの軒先を通ると当時のことを思い出してしまう…。その後、運良く2社の案件を受託できたけれど、これは奇跡だった。この受託がなければ、この年に会社は潰れていたと思う。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2013年 緒方社長の心の動き
    社名を変えた意外な理由

    創業3年目頃からコールセンターが徐々に軌道に乗り始めて、やっとみんなで食事や打ち上げに会社の経費で行けるようになった!この年に社名をコーカスに変えたのは、実は「お店を予約する時に毎回社名を間違われる」というのがきっかけ(笑)。
    コールセンター事業以外の新規事業も立ち上げたくて、代理店営業などにもチャレンジしたものの、なかなか上手くいかなかったなぁ。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2014年 緒方社長の心の動き
    見失いかけていた、大切なこと

    2012年から2014年頃までは、売上を伸ばすことに必死になるあまり、従業員の幸せよりも事業成長を優先してしまったように思う。だからこの時期の退職者は多かったし、創業メンバーの1人も一度抜けてしまった。寂しかったし、経営者としての力不足を痛感した…。
    転機となったのは、創業メンバー・喜友名さんの結婚・出産。産休前、「私、会社に戻ってきても良いんですか?」という言葉にはっとさせられ、「時間に制約のあるスタッフでも働ける場所を用意したい」という想いから物販事業「首里石鹸」の立ち上げを決意した。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2015年 緒方社長の心の動き
    首里石鹸事業、始動

    コンタクトセンターアワードで沖縄県初「審査員特別賞」をいただき、コールセンターの成長と未来に期待が膨らみ出した時期。一方で、コールセンターは自分たちの成長を約束するために単年契約をしていたため、1年後にクライアントを失うリスクもあった。その不安と、産休から戻った社員の働き場を提供したい願いから、新たに物販事業に取り組み始めた。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2015年 緒方社長の心の動き
    首里石鹸事業、始動

    沖縄には美容に良い成分を多く含む植物がたくさんあることは知っていた。そして僕自身は沖縄移住後1年で職を失い、約1年ほど露天商をしていたという経験から、物販なら事業化できると思った。産休から戻ったスタッフが店頭販売するイメージだったので、何を売るか考えた末、お子さんと一緒に使える肌あたりの優しい天然手作り石鹸にすることに。沖縄の石鹸工房を周り、協力してくれる職人さんをついに見つけることができ、ついに首里石鹸プロジェクトが動き出した!

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2016年 緒方社長の心の動き
    社屋移転、そして嵐の船出へ

    コールセンター事業が成長する中で、直面したのは従業員の採用。当時の従業員は90%以上が車通勤だったので、駐車スペースが40台分以上あって、かつより交通の便がいいモノレール沿線の場所を2年がかりで探した。なかなか条件に合う貸オフィスが見つからず、意を決して土地を探して自社ビルを建設することに!移転後は新社屋の綺麗さ・広さに従業員みんなびっくり&感動している様子だったなぁ。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2016年 緒方社長の心の動き
    社屋移転、そして嵐の船出へ

    首里石鹸事業はというと、企画〜製品化までに1年の歳月をかけ、ついに製品が完成!首里城近辺にあるお店がちょうど立ち退きで荷物を運び出しているところを仲田部長が見かけ、即座に大家さんに入居を相談。大家さんは他にも数社から出店依頼をもらっていたけれど、「こんなお店を作りたい」という想いを伝えたところ、コーカスが選ばれて嬉しかった!
    数ヶ月後、満を辞して1号店をオープンしたものの、商品の準備が間に合わずオープン当日は沖縄工房でつくった石鹸が25個しかなかった。かつ、台風の影響でお客様が全然来ず…嵐の船出とはまさにこのことか、というような状況だった。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2017年 緒方社長の心の動き
    事業立ち上げ3年目で黒字化達成!

    首里石鹸事業が直面した課題は、2号店目以降の出店先の確保。この時期はお金も知識も人脈も足りなかったから、良い場所での出店が困難だった。目ぼしい物件を何軒も周って、何度も断られたものの、諦めずに交渉し続けた結果、紹介者が現れて「国際通り松尾ギャラリーショップ」の出店が決定。この店舗がオープンしてから、ついに首里石鹸事業を黒字化することができた!これが首里石鹸事業の大きなターニングポイントとなり、さらにアクセルを深く踏み込めるようになった。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2018年 緒方社長の心の動き
    しゅりそら保育園を開所した経緯

    「保育施設が事業所内にあれば、子育て中のママも働きやすくなる」と思い、しゅりそら保育園を開所した時期。保育園増設工事で本社が一時的に使用できなくなったので、駐車場に建てたプレハブ社屋でみんな仕事していたっけ。冬にはインフルエンザが流行して、事業運営が大変だった…。
    そういえば、この年から家族や子供が参加するイベント「夏祭り」を始めたんだよね。今や恒例行事になったなぁ。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2019年 緒方社長の心の動き
    黒字倒産の危機に直面

    この年はなんと言っても、首里城が火災で焼失してしまったことが衝撃的だった。県民の誰もが涙したと思う。僕らは首里城基金を募ったり、「首里」という石鹸を作って売り上げの一部を寄付することで首里城が再建に寄与できるよう努めた。
    首里石鹸の出店費用や保育園事業などの先行投資がかさんで、損益計算書上では黒字だけど現金が無くなった結果、危うく黒字倒産の危機に…。僕と屋宜さんの個人的なお金でなんとか1ヶ月を乗り切って倒産危機を脱出したものの、あの月末は一生忘れられない…。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2020年 緒方社長の心の動き
    海外進出を目指すも…

    首里石鹸の海外進出を目指し、ニューヨークへ視察に行った直後にコロナウイルスが大流行。ニューヨーク進出を敢えなく断念することに…。さらに、沖縄県内の観光客が前年の約1/4に激減。これを機に、県外出店も視野に入れるようになった。
    県内はというと、コロナ禍の影響で国際通りに空き店舗が出ていたので、商機と思って2店立て続けに出店を決定。他にも4店新たに出店したものの、沖縄でもコロナ感染者が出たことで全店舗の営業自粛を決定。絶好調だった首里石鹸事業の売上が激減し、生きた心地がしなかった。
    そんな中、コールセンター事業が大繁忙で会社に利益をもたらしてくれたこと、そしてニューヨーク出店に向けて現金を調達していたことが心の支えだった。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2021年 緒方社長の心の動き
    記憶がないほど必死だった1年

    いつ沖縄に観光客が戻ってくるかわからないという状況に不安を抱えながらも、県外の主要都市でのポップアップ出店に勝ち筋がないか模索し、会社の倒産危機を乗り越えるために奔走していた時期。この頃の記憶なんてほとんどないくらい、毎日必死だった。
    そんな中、大阪に県外初出店が決まり、現地のスタッフを採用するためのオンライン面接を初めて実施したというのは明るいトピックスだった。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2022年 緒方社長の心の動き
    泣きながら頭を下げた決起会

    徐々に首里石鹸事業の売上が回復しつつあったものの、目標の給与アップ額に届かず経営者として悔しさと反省でいっぱいだった。4月には映画館を貸し切って決起会を開き、社員全員の前で涙を流しながら謝罪と決意表明を行った。

  • すべての始まりは、アパートの一室から

    2023年 緒方社長の心の動き
    変革の第一歩

    1月にある病気を患ったことをきっかけに、コーカスのこれからについて改めて考えた結果、ビジョン・ミッション・バリュー・行動志針を刷新してコーカスの存在意義を再定義することに。僕自身がコーカスを10年後に離れることを決め、「緒方イズム」から「コーカスイズム」へ移行することを社員に宣言した、コーカスにとって大きな節目となる1年だった。
    有名経済誌「Forbes JAPAN」から、グローバルでありながら地域に根差して革新に挑む企業「スモール・ジャイアンツ」の1社に選出され、タレントイノベーション賞を受賞するなど、コーカスが世の中から注目されるような企業に成長したことを改めて実感した年でもあったなぁ。

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( 01 )コールセンター事業 沖縄の心を世界の人々の価値に変えていく事業( 01 )コールセンター事業 沖縄の心を世界の人々の価値に変えていく事業

( 01 )コールセンター事業沖縄の心を世界の人々の価値に
変えていく事業

「また注文したい」「もっと利用したい」とお客さまから思っていただけるような対話力を武器に、コールセンター事業を運営。受信業務から販促、アンケート・テレアポ等の発信業務から、カウンセリング、データ入力等、幅広く対応しています。「ありがとう」を超える感動を生み出すコミュニケーションで、大切なお客さまとの機会を最大限に活かしています。

( 02 )首里石鹸事業 沖縄の自然を世界の人々の価値に変えていく事業( 02 )首里石鹸事業 沖縄の自然を世界の人々の価値に変えていく事業

( 02 )首里石鹸事業沖縄の自然を世界の人々の価値に
変えていく事業

沖縄の自然からいただく恵みを余すことなく使い、香りと素材と使い心地にこだわった商品を販売している、沖縄発のスキンケアブランド「首里石鹸-SuiSavon-」を展開しております。沖縄の青い海や空、太陽の光、力強く生きる植物たち、そして何より“沖縄で過ごした楽しい思い出”を、商品を通してぜひご自宅でも思い出していただきたい。という想いから、香りや色、素材にとことんこだわった商品を開発・製造・販売しております。

( 03 )しゅりそら保育園 首里の広く・優しく・澄みきった空のような心を持った子どもたちを育む( 03 )しゅりそら保育園 首里の広く・優しく・澄みきった空のような心を持った子どもたちを育む

( 03 )しゅりそら保育園首里の広く・優しく・澄みきった空のような心を持った子どもたちを育む

心に寄り添うサービスで、関わるすべての人が幸せと感じる保育を提供する企業内保育施設「しゅりそら保育園」を運営しています。1か月に1度、園児の成長をまとめた「成長の記録」をプレゼントしたり、園内調理の温かく栄養の詰まった給食を提供したり、「家族が幸せであること」をモットーに、園児と家族に寄り添う保育を行っています。

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感動部コーカスで働く
従業員の“感動”をつくる

コーカスでは、総務・経理・人事といった一般的な企業では「管理部門」と呼ばれている部門を「感動部」と総称しています。バックオフィス業務以外にも、コーカスで働く従業員を驚かせたり、喜ばせたりするようなさまざまなイベントを企画・運営し、日々、社内のあちこちに感動を提供してくれている部門です。

感動部 コーカスで働く 従業員の“感動”をつくる